【書評】「定本 葉隠〔全訳注〕 上」才能は50歳頃から磨き上げても充分間に合う理由

こんにちは! せがひろです。

武士道というは

死ぬことと見つけたり

そんな過激な一句で知られる

江戸時代中期の思想書、

山本常朝 「葉隠」

(「定本 葉隠〔全訳注〕 上」)

これについて紹介したいと思います。

主に佐賀藩に使える

武士の心得が記された本書は、

日本文化や武士道に

関心のある方はもちろん、

・将来に不安や焦りを感じている人

・職場の上司や同僚など周りの人から

信頼される方法を探している人

・人関係の悪循環とストレスを断ち切りたい人

・仕事やプライベートで使える

「効果的な伝え方」について学びたい人にも、

是非手に取って頂きたい一冊です。

なぜ、取り上げようと思ったかというと、

例えば、日本の首相が国民の命より

自分の命を優先していたのでは、

国民が幸せになることは

無いだろうと思うようになったからです。

あるいは、子供の窮地に

親が命懸けで守れるのか?ですね。

出産する女性とそうでない男性とでは、

子供に対する愛情も微妙に違ってくると思います。

多くの動物は、本能的に

実践していると思いますが、

人間の場合は、思想的に心底理解

できていなければ行動できないと思っています。

つまり、何のために生き、

何のために死を覚悟すべきなのか?

という「死生観」が、結局は、

個々に求められていて、

それを知るのに本書が

参考になると思ったからです。

葉隠といえば、日本を代表する作家

三島幸夫の座右の書として大変有名です。

彼は1967年「葉隠入門」という評論を発表し、

その認知を更に広めました。

また本書には、仕事や人間関係

コミュニケーションの技術など、

今日でも有益な教訓が含まれており、

まさにビジネスパーソン必読の古典と言えます。

今回のブログでは、そんな本書のポイントや

魅力を分かりやすくお伝えし、

葉隠という名著の存在を

多くの方に知って頂きたいと思っています。

なるべく堅苦しくならないようにまとめましたので、

気楽に最後まで楽しんで読んでみてください。

それでは参りましょう!

山本常朝という人物

山本常朝(やまもと つねとも)は、

1659年生まれました。

父親が70歳の時に生を受けた常朝は、

20年以上は生きられないと言われるほど

体が弱かったと言います。

しかし、歴戦の武士であった父は、

そんな我が子を甘やかすことなく、

10km以上離れた寺まで

草鞋を履かせて歩かせるなど、

心身共に厳しい教育を施しました。

その甲斐あってか、

常朝は逞しく成長し、

11歳の時に第二代佐賀藩主

鍋島光茂の雑用係として使え、

20歳でお側役に任命されます。

その間、佐賀藩1の学者石田一鼎や、

鍋島家菩提寺の湛然和尚といった知識人に指示し、

神道・儒教・仏教など

様々な教えを受けました。

元服後は藩の政治に関わりながら

学問や武芸、俳句や和歌などでも、

優れた才能を発揮したと言います。

1700年、常朝に

最大の転機が訪れます。

30年以上を使えてきた

主君、鍋島光茂が没したのです。

忠義心の熱い常朝は、

主君の跡を追いたいと考えましたが、

当時、殉死は幕府の法令で

固く禁じられていました。

そこで彼は悲しみに暮れながら

出家という道を選択します。

その名を常朝(じょうちょう)と改めます。

そして山の麓に庵を結び

隠遁生活を送りながら、

亡き光茂の菩提を弔い続けたのです。

それから10年後、

1人の男が常朝の庵を尋ねてきます。

佐賀藩士、田代陣基(たしろ つらもと)です。

彼は、元々佐賀藩の

祐筆役(ゆうひつやく)で、

主に文章作成の事務を

担当していたのですが、

不運にも、その職を解かれてしまい

路頭に迷っていました。

そこで人格者として

慕われていた常朝の元を訪れ、

その知恵を頼ろうとしたのです。

雨の日も、風の日も、

陣基は庵を尋ねました。

やがて2人は打ち解け合い

会話も弾むようになってきました。

そして陣基は自身の強みである

文章力を生かし、

常朝との7年にも及ぶ談話を

全11巻の書物にまとめ上げ、

1716年ついに「葉隠」が完成します。

葉隠の誤解されやすいところ

ここで本編に入る前に葉隠の誤解を

簡単に整理しておきたいと思います。

1.葉隠は、武士道論ではない

2.葉隠は、政治的な書物ではない

3.葉隠は、乱世の書物ではない

まず1つ目が、葉隠は武士道論では

ないという点です。

つまり、日本古来の武士道とは、

いかなるものかを解いたものではなく、

1人の侍が、己れの生と

対決しながら見出した、

人生の心理・教訓などを

描いた作品になります。

元々は秘伝とされる内容でしたが

後に流出し、

佐賀藩の武士教育に用いられるように

なったことから、

「鍋島論語」とも呼ばれます。

そして2つ目が、

葉隠は政治的な書物ではないという点です。

「武士道と云うは死ぬことと見つけたり」

このフレーズに象徴されるように葉隠には

一部極端な忠誠を訴える箇所があります。

そのため、戦時中に軍国主義の

プロパガンダとして利用され、

その結果、戦後に危険書物として

厳しい避難を受けることになりました。

ただ作品の成立背景からも

明らかなように

葉隠は、本来そういった

政治的意図を内法した書物ではありません。

この点について、三島幸夫は著書

「葉隠入門」の中で、次のように強調しています。

戦時中、政治的に利用された点から

葉隠を政治的に解釈する人がまだいるけれども、

葉隠に政治的なものは一切ない。

一定の条件化に置かれた

人間の行動の精髄の根拠を

どこに求めるべきかということに

葉隠は全てをかけているのである。

これは条件を替えれば、

そのまま他の時代に妥当するような

普遍性のある教説であると同時に

また個々人が実践を通して会得するところの

個々人の実践的努力に任せられた

実践哲学であるということができる。

つまり、葉隠は人を政治的に

誘導するための思想書ではなく、

いつの時代の人が読んでも

応用可能で実践的な生き方の教えが

示されているというわけです。

最後3つ目が、

葉隠は乱世の書物ではないという点です。

葉隠というと歴戦の武士が残した

血生臭い戦闘哲学をイメージされる方も

多いかもしれません。

ですが、この書物が成立したのは

江戸の中期。

すなわち、戦乱のない平和な時代です。

武士たちは切腹の機会はあっても、

戦場という舞台はほとんどなく、

今で言うところの会社員や公務員に

近い暮らしをしていました。

葉隠には、そんな大平の世にあっても

「侍」としてのアイデンティティや、

誇りを捨てることなく

よりく生きようと、

もがき続けた日本人の気高さが

刻まれており、

それこそが本作の

最大の見所と言えます。

というわけで、背景知識は

以上になります。

それでは以上の点を踏まえて

いよいよ本編に入ってまいります。

覚悟の磨き方

武士導とは死ぬことである。

生か死かいずれか1つ選ぶ時、

まず死を取ることである。

毎朝・毎晩心を正し、

死を思い、死に身になったとき、

武士道と我が身は1つになる。

今日という1日を

人生最後の日だと思い定めよ。

そして自分のなすべきことを

全うするのだ。

死に向かって突き進んだ時、

本当の自分が見えてくる。

武勇にかけては、

自分以上のものはいない。

武士はこうした己れを信じ抜く心と

死も恐れぬ勇気が要求される。

佐賀藩主 鍋島直茂公は、

こう言われた。

武士道とは、

死に物狂いそのものである。

死に物狂いになった一人の武士は、

たとえ数十人が寄ってたかっても

打ち取ることが難しい。

つまり、常軌を逸するようでなければ、

大きな仕事はできないということだ。

ここで注目したいのが、

死ぬことを武士導の大意としている点です。

一見しますと命の投げつけを

推奨しているようですが、

単純に、そう言いきることはできません。

というのも、死を選ぶことが

逆接的に生きることに繋がるという

解釈も可能だからです。

当時の侍たちは、

たとえ安全な道を選んで生き残っても、

臆病もという烙印を押され藩内に

いられなくなり、

その結果、自分も家族も野垂れ死にするという

最悪の結果を招く可能性がありました。

一方、潔い死は名誉と見なされ、

遺族は主君の庇護を

受けることになります。

つまり、自分の死が国や主君だけでなく

妻や子供たちを生かすことに繋がるのです。

武家社会の厳しいルールや伝統の中で

どうやって生き残っていけば良いのか?

常朝は、考え抜いた末に

逆説的に死を選択するという

結論に至ったのかもしれません。

死に物狂いとは

次に注目したいのが

「死に物狂い」という言葉です。

これは単なる根性論ではなく、

狂気的な集中状態を意味します。

人間は自分の生命を維持したいという

いわゆる自己保存の欲求を持っており、

誰もが当たり前のように理性的に

尊徳を考え保信に走る傾向があります。

一方、死に物狂いになったものは、

こうした雑念から解放され

己れの使命を果たすという、

その一点のみに、全ての力を注ぎます。

そのため尊徳や保信に囚われた人間が

何十人と束になっても、

それを捨て去った一人の人間には

なかなか勝てないというわけです。

また武士たちは、死が身近にある

環境だったからこそ、

人生に悔を残さぬよう一日一日を

丁寧に生きたと言います。

常朝は、そんな侍たちの日常を

次のように語っています。

歴史を振り返ってみると、

武士は見出しなみに極めて

気を使ったものである。

毎朝行水して体を清め

整えた髪に香を纏わせ、

爪は切った後に軽石で擦り、

さらに黄金草で磨いた。

武具に至っては、

少しも錆をつけず、

埃を払い

手入れを欠かさなかった。

こうした身なりへの

格別な心遣いは、

ただ外見を飾っているのではない。

そこには、いつ死を迎えても良いと

いう覚悟が現れている。

更に武士たるものは、

日常の心のあり方、

言葉遣い、立ち振る舞いなど、

全ての所作が清らかで、

美しくなければならないのだ。

武士の並々にならぬ美に対する意識

それは、ただの自己権事欲ではなく、

死をも恐れぬ勇気と覚悟を示すものでした。

どれだけ立派な衣服を身につけ

威勢のいいことを言っていても、

普段の過ごし方が怠惰であれば、

その人物は、侍としての覚悟を疑われ

面目も信用も失ってしまいます。

だからこそ、彼らは自分自身が

どうありたいかを常に考え、

日常の一つ一つの動作にまで

美意識を研ぎ澄ませていたのです。

その上で、常朝は次のように続けます。

人の一生とは、

一瞬が積み重なったものである。

そう考えれば、

あれこれと狼狽える必要はない。

ただその一瞬を生きるまでだ。

だが大抵の人は、今という瞬間とは

まるで違った別の人生があると

思い込んでいる。

そうではない、この一瞬にこそ

全てがあるのだ。

いざという時、それは今である。

いざという時と今を分けて考えるものは、

いざという時には間に合わない。

今といざは、常に一つであると心得よ。

畳の上であろうと、寝床であろうと、

常に武勇を発揮できなければ、

それは本当の武士とは

言えないのである。

自分にとって重大なことは、

不動の決意を持って腹を据え、

まっすぐに突き進むことだ。

いざという時、他人は手を

差し伸べてくれなかったり、

本当のことを言ったりしない。

だから、覚悟を持って

自ら決断するのだ。

ここで注目したいのは、

「今」と「いざ」を分けない

という考え方です。

これは、言い換えるなら

緊急時を想定しながら、

平常時を生きることを

意味しています。

真剣勝負は一瞬で勝負が決まります。

そのため武士たちは

次の瞬間何が起こってもいいよう、

日頃から万全の準備をしていました。

こうした心構えは、現代社会においても

大いに参考になります。

例えば、職場で突発的に

重要な案件を任された時、

準備も覚悟もできていなければ、

その重圧によるストレスで、

充分なパフォーマンスが

発揮されないかもしれません。

一方、日頃から地道に努力を重ね、

いつどんな仕事を任せられても

構わないと覚悟を決めていれば、

その状況はピンチではなく

むしろチャンスです。

自分の実力を示し信頼を勝ち取る

絶好の機会と言えます。

つまり、今この一瞬に最善を尽くすことが、

先の見えない未来への備えとなるのです。

覚悟を決める上で役に立つ古来からの2つの教え

また本書には、覚悟を決める上で

役に立つ古来の教えが2つ紹介されています。

1つは、「七息思案(しちそくしあん)」

これは、長く考え込むのではなく、

七つ呼吸している間に決断しましょう。

という教えになります。

物事は時間をかけるほど良い方向に

進むとは限りません。

むしろ迷いが生じて判断力が鈍ったり、

できない理由や、やらない理由などを

積極的に探し始めたりしてしまうものです。

そのため侍たちは何らかの判断を下す際、

七つの呼吸を目安としていたようです。

とはいえ、即断即決は勇気が必要であり、

決して簡単なことではありません。

そこで役に立つのが

2つ目の教え「大雨の戒め」です。

これは道の途中で、にわか雨にあった際、

多くの人は濡れないように急ぎ足になったり、

軒下を伝って歩いたりするが、

結局、濡れることには変わりはない。

だったら、最初から濡れるものだと

覚悟を決めてしまった方が、

雨に打たれても

苦にならないという教訓になります。

また、この教えは、

私たちが日頃直面する様々な場面で

応用することができます。

例えば、仕事でも、恋愛でも、趣味でも、

何か新しいことに挑戦しようとする時、

誰しも、「失敗したくない」、

「挫折するのが怖い」という気持ちに駆られます。

この時、「うまくいかなくて当たり前」、

「初めから完璧はありえない」と、

覚悟を決めてしまえば心が軽くなり、

一歩踏み出す勇気が湧いてきます。

また、雨のように避けがたい、

人生の困難・試練・挑戦などは、

時に成長という恵みをもたらします。

このように考えれば、

不足の事態が生じても

心をかき乱すことなく、

冷静な対処や判断が

できるのではないでしょうか。

優れた才能に勝る人間

主君は、いかなる時も

「役に立つ者」を探している。

従って、そこに仕えるものは、

自分が役に立つ人間になることだけに

集中すれば良いのである。

余計な知恵を働かせすぎると

返って扱いにくいと警戒されてしまう。

控えめな態度で過ごし、

いつの間にか役に立っているのが理想だ。

派手に人目を引いているうちは

本物ではない。

気弱で頼りない主君に仕えた場合は、

その気質を強化するよう積極的に称賛を送り、

不手際が生じないよう気を配るべきである。

一方で、気が強く頭も切れる

主君に使えた場合には、

問題が発生した時に

「この人ならどう考えるだろう?」と

一目置かれる人物になることである。

こうした人材が誰もいない時、

その主君は取巻きの人間たちを

役立たずとみなし、

傲慢な態度を取るようになる。

このような状況に至ると

いかに優れた成果を上げようと、

正当に評価されることは難しいだろう。

この内容を要約すると、

家来は自分の役割に集中し、

控えめに貢献すること。

そして気弱で頼りない主君に

使えた場合は、

精神的にサポートし、

気が強く頭も切れる

主君に対しては、

問題解決能力を示すなど、

相手に合わせた

柔軟な付き合い方をしましょう。

つまり、表舞台で目立つのではなく

見えないところで重要な役割を果たす

縁の下の力持ちこそ、奉公人としての

好ましい姿だと解いているわけです。

なぜこうした控えめな

立ち回りが重要なのか?

その大きな理由の1つは、

主君に嫌われないためです。

あまりに出すぎた真似をすると、

自信過剰で鼻につくと

疎ましく思われたり、

腹に一物あるのではないかと

警戒される恐れがあります。

そうなると

忠義を尽くせないばかりか、

良い仕事をしても

正当な評価を得られません。

こうしたことから常朝は、

自分の最大の評価者である主君には、

決して嫌われては

ならないと強調したのです。

ではそのためには、一体何を

心がけておくべきなのでしょうか?

続きをみてみましょう。

一人の出家者から、こんな話を聞いた。

川を渡る際、どこに深みや急流の場所が

あるのかを確認しなければ、

向こう岸に渡ることはできず、

最悪の場合、死に至る。

仕事の心構えも、これと同じである。

時代の流れ、習慣、

指導者の好むこと、嫌がること

こうした重要な情報を抑えもせず

ただ我武者羅に働けばどうなるか!?

お役にも立てず返って

身を滅ぼすことになるだろう。

すぐに主君から

気に入られようとしてはいけない。

最初は、一歩下がり

よく周囲を観察し、

主君が意味嫌う物事を

見極めることである。

つまり、早く手柄が欲しい。

早く気に入られたい。

こうした流行る気持ちを

グッと抑えて、

まずは自分が置かれている

環境の文化や習慣、

リーダーの好き嫌い、

評価ポイントなどを

理解することが先決である。

といった、お話でした。

確かに、会社の仕事でも

チームの方向性、

社長や上司の意行などを

組みとらず、

ただ自分のやり方を

押し通していては、

例え短期的に成果を

出せたとしても、

長期的な信頼や

評価を得ることは困難です。

また、中国古典の孫子は、

「彼を知り己れを知れば百戦危うからず」

とあるように、

何事においても、まずは情報を集めて

守りを固めることが大切だと言えます。

その上で常朝は成功を急ぐことの

リスクについて、次のように強調します。

大器晩成というように、

大きな鉱石を成し遂げるには、

20年30年と長い年月が必要となる。

ゆえに早く成果を出し、

認められようとするのは金物である。

功を急いでいるうちに、

人は自分の職責の範囲外のことに

まで口を出したり、

ちょっとした賞賛で過信したり、

仕事が雑になっていく。

そして周囲から軽蔑され

人も運も遠ざかっていくのである。

どれほど聡明な人間も、初めから

才能が開花しているわけではないし、

信用されるわけでもない。

才能は50歳頃から

磨き上げても充分間に合う。

あの人は遅咲きだった。

そう言われるくらいが

ちょうど良いのだ。

今、50代の人!

諦めないでくださいね。

論語にも、五十而知天命

(五十にして天命を知る)

とあるように、人は晩年に

自分の運命を悟り、

そこから頑張っても

遅くはないのだと思います。

それこそ、昔でしたら

寿命そのものが短く、

織田信長の頃は

50歳ぐらいだったわけですから、

論語の時代は、

それこそ50歳まで生きられる人なんて

ごく少数だったでしょう。

つまり、死ぬまで、

いつでも間に合うということだと思います。

しかし、そのためには短期的な

結果や評価に一喜一憂しない、

謙虚な姿勢がが求められます。

人は、過度にに賞賛されたり

中途半端に知識がついたりすると、

つい自信過剰になり、自分のことが

見えなくなってしまうものです。

そこで常朝は、あるお寺の

和尚の話を例に出し、

謙虚な姿勢を保ち続けることの

重要性を訴えます。

宗龍寺の江南和尚が佐賀班の

学者連中にこんな話をしたそうだ。

あなた方はなかなかの物知りで

大変結構でございます。

しかし、道を知るという点においては、

普通の人より劣っているように思われます。

あなた方は、昔の賢者の言葉や行いを覚え、

いかにも見識が高いように振る舞い

まるで自分が聖人にでもなったかのように

人を見下しておられる。

道というのは、

自分の悪いところを知ることです。

至らぬところを反省し、

一生努力することが道なのです。

聖人の聖という字は、
「ひじり」と読みます。

それはすなわち、己れの非を

知るということなのです。

江南和尚は、学者たちが過去の賢者から

学んでいることを認める一方で、

道を理解していないこと。

すなわち自分の至らなさを

分かっていないことを批判しました。

確かに何を追求するにせよ

自分は完璧だと満足すれば、

そこから飛躍的に成長する

見込みはなくなってしまいます。

また論語には、

「知らざるを知らずと為す是知るなり」

という言葉があります。

これは自分が何を知らないかを

知ることが本当に知るということである

という意味です。

つまり、裏を返せば中途半端に

知っていると思い込んでいることは、

ほとんど何も知らないのと

同じだと言えます。

ただ葉隠は、こうした謙虚さを

賛美する一方で、

時に傲慢とも思われるほど

大きな自信を持つことの

必要性も訴えています。

そんな相反する要素を一体どうやって

自分の中で共存させればいいのか?

奥ゆかしさ

そのヒントは、本人が古くから

大切にしてきた美徳の1つ。

「奥ゆかしさ」にあります。

奥ゆかしさとは、

一見すると分かりにくいものの、

じっくりと観察することで

浮かび上がる内面の美しさや、

控えめながらも存在感を放つ

態度をさします。

その上で常朝は奉公人にとって

奥ゆかしさが、いかに重要であるかを

次のように力説します。

私の知人に冷静沈着で頭脳明晰

業務においても、

一切隙のない成果を上げる

優秀な人物がいる。

実際に幕府への使者として派遣した時も、

その仕事は完璧であった。

しかし、私は殿の側近や国の政治と

いった重大な職務に関しては、

任せるべきではないと考えていた。

というのも、彼は優秀ではあったが、

その才能や賢さがあまりに

表に出すぎており、

奥ゆかしさというものが

なかったからだ。

だから、私は忠告した。

10ある才能のうち、3つか4つは

内に秘めておくことはできないかと。

しかし彼は、それを聞き入れなかった。

自分の知性によほどの

自信があったのだろう。

このような人材は、あらゆる問題を

頭だけで解決できると思い込んでおり、

たとえ真実でないことでも、

うまく理屈をこねて

誤魔化せると考えがちである。

こんな態度を続けているから

いつまでも人から信頼をされず、

心を通わせた交際ができないのだろう。

才能があっても、人望がなければ

その力を発揮することは難しい。

逆に知恵や才能で劣っていても、

心から役に立ちたいという、

実直さや、純粋さがあれば、

思いもよらない成果や幸運に

恵まれることがある。

何事も小利口では、

うまくいかないのだ。

人の長所や強みというのは、

いわば刀のようなもので、

四時中むき出しにし、

それを振り回していると、

「あの人は隙がなくて怖い

何とも言えない圧迫感がある」と

周囲から必要以上に

警戒されてしまう恐れがあります。

とはいえ、あまりに控えめであっても、

・やる気が見られない

・自信がなさそうに見える

そういったネガティブな憶測を

生みかねません。

従って自分の長所や強みは、

普段は鞘に収めて

見えないようにしておき、

叱るべき時が来たら、

その力を充分に発揮するのが

良いというわけです。

また、常朝は何事も小利口では

うまくいかないことを強調していました。

小利口というのは、

小手先の技術や浅知恵によって、

短期的な利益を求めたり

取り繕って、

その場をやり過ごそうとする

態度のことを言います。

こうしたタイプの人は、

何事も尊徳で考え、

リスクを取らない傾向にあるため、

人から絶大な信頼を獲得したり、

大きなチャンスや成功を掴んだりする

可能性も低いと考えられます。

このような理由から常朝は、

知恵や才能で劣っていても、

心から役に立ちたという

実直さがあれば、

充分活路を見出せると

解いたわけです。

その上で彼は、次のように続けます。

世の中には教訓を

与えてくれる人は多いが、

それを素直に聞き入れ

られる人間は少ないものだ。

ましてや、

それを行動に移せるものは

さらに少ない。

人は30歳を過ぎると、

自分に忠告や指導を

してくれる人がいなくなる。

そして同じような誤ちを

何度も繰り返し、

自己中心的な

人間になってしまうのだ。

だからこそ、

道理をわきまえた賢者には、

自ら近づき、

その教えをよく心に

刻むことである。

また、古代の格言や

異人たちの行動を知ることも、

極めて有効である。

この複雑な世界も、

たった1人の知恵で

乗り切れるはずがない。

過去の叡智や、

先人たちの事例をよく学び、

それらを踏まえた上で

周囲の人間に相談するのだ。

そうすれば大きな失敗や

誤ちを防ぐことができるだろう。

30歳を過ぎると

誰も注意をしてくれなくなる。

確かに、社会的に成熟した

大人になれば、

あれこれ指摘されるより

何も言われることなく、

そっと人が離れていくという

ケースの方が多いかもしれません。

その結果、常朝も指摘しているように

自分の視点でしか物事を考えられない、

他人の気持ちが分からない、

大人になってしまうのです。

そうならないためにも、

普段から信頼できる人物に

フィードバックを求めたり、

異人の声に耳を傾けたりする

謙虚な姿勢が大切だと言えます。

とはいえ、過去の叡智は、

複雑で理解しがたく、

更に矛盾する事柄もあるため、

どうしても近づきにくい

イメージがあります。

そこで常朝は、古典に学ぶ上での

ポイントを、次のように解きます。

古い書物を探求していると、

様々な説が存在し、

どれを採用すべきか?

決定しづらいことがしばしばある。

このような時は、

「わからない状態」を

受け入れることが懸命である。

かつて太政官の幹部を務めた

三条西実教卿は、次のように述べている。

わからないことの中には、意図的に

わかりやすくされているものもあれば、

時間と共に自ずと理解できるもの。

そして、どうあがいても理解

できないものがある。

それこそが探求の醍醐味であると。

神秘的な事柄や計り知れない現象は、

理解できないのが当然だ。

簡単に分かってしまのは、

表面的な知識にすぎないのである。

この一説で強調されているのは、

不確実なものを受け入れる勇気です。

人間の脳は物事を分かろうとする

性質があるため、

一般的に人は早急な解決や

結論を求める傾向にあります。

これは例えるなら、

冒険をせず宝箱だけが欲しい

と言っているようなイメージです。

しかし、三条西実教卿の

言葉にもあったように、

学ぶことの醍醐味は

答えが入った宝箱より、

むしろ、探求という冒険

そのものにあります。

よくわからないことを

前向きに受け入れて、

自分の成長や

楽しみへと変換していく。

こうした姿勢は、

不確かな世界を生きる

私たち現代人にとっても、

大変価値ある教訓と言えます。

伝え方の流儀

「武士に二言はない」

という表現があるように、

武家社会における言葉とは、

極めて重い意味を持つものでした。

特に主君にに対して忠告したり、

反対意見を述べる際は、

命をかける必要がありました。

そこで最後に、そんな言葉に対して

慎重であった武士から致命的な失敗を避ける

コミュニケーションの技術について

学んでいきたいと思います。

主君に忠告を申し上げる際には、

いくつかの原則を頭に入れておく必要がある。

第一に、主君を欠点のない

完璧な人間にしようとは思わないこと。

そのような考えは、

相手に受け入れて貰えないだけでなく、

かえって身を滅ぼしかねない。

第二に、人目につかぬよう、

こっそり忠告することである。

公の場で、主人の過ちを正すことは、

真の忠義とは言えない。

それはただ、己れの忠誠心や

正義を周りに宣伝し、

虚栄心を露わにしているだけに過ぎない。

第三に、自分が忠告する立場にない場合は、

主君に近しいものに密かに相談し、

間接的に伝えることである。

自分の立場や、相手との距離感を

考えずに諫めると、

かえって忠義を疑われてしまう。

これを避けるためには、

日頃から主君に近い者たちと

良好な関係を築き、

自分の言葉が届くように

しておくことだ。

こうした手間暇を惜しまない

姿勢にこそ、誠の忠誠心が現れる。

箴言(しんげん)の心得

簡単にまとめますと、

1.相手に完璧さや、

自分の理想を押し付けるのではなく

受容と理解をもって接する

2.フィードバックする際は、

相手に恥をかかせないよう、

公の場ではなく、

こっそりと個別に行う

3.関係の浅い相手には、

第三者を通して間接的に伝えて

直接的な衝突を避ける

といった内容でした。

つまり、何を伝えるべきかという

中身だけではなく、

どのように伝えるかという、

手段や方法についても良く考える

必要があるというわけです。

これは主君に信言をする際の

心がけを説いたものですが、

現代の職場・学校・家庭など、

様々な場面で応用可能な

人間関係の教訓と言えます。

更に常朝は、相手に意見をしたり、

忠告したりする際に求められる配慮について、

次のように語ります。

人の欠点を指摘し、改善を

促すことは奉公の基本である。

しかし、ただ意見すれば

良いというのではなく、

そこには深い配慮が求められる。

多くの人は、遠慮なく率直に

意見を述べることを親切だと

誤解している。

そして相手が受け入れないと

「あの人はダメだ」と

すぐに匙を投げてしまう。

こうした配慮のない働きかけは、

実際には何の役にも立たない。

ただ相手に恥を欠かせただけであり、

悪口と対して変わらない。

意見を述べることは、

己れの気晴らしではないのである。

まずは相手の性格を見極め、

信頼関係を作っておくことが先決である。

その上で話し方を工夫したり、

言うべき機会を作ったり、

あるいは自分の欠点として語ることで、

自然に気づかせたりするように仕向けるのだ。

くれぐれも、相手に恥をかかせて、

欠点を直そうとしてはならない。

この一説で述べられている配慮とは、

相手に恥を欠かせないという、

心配りのことを言います。

正しいことを言えば、

相手は納得し喜んでくれるのかと言えば、

必ずしもそうではありません。

むしろ、正論をぶつけられたことで、

恥を欠かされた、自信を失ってしまった。

そう怒ったり、悲しんだりする人の方が、

多いのではないでしょうか。

つまり、常朝はこうした人間の持つ

弱さや矛盾への理解があって、

初めて円滑なコミュニケーションが

成り立つと解いているのです。

その上で彼は、次のように続けます。

世の中に大きな問題が起こると、

人々は動揺し、噂話に夢中になるものだ。

その結果、余計な言葉を発し、

思わぬ敵を作り、

いらぬ恨みを買うのである。

特に良くないのは、

他人の失敗や誤ちを掘り返し、

それを世間に言いふらすことで

自分を慰める行為だ。

残念なことに、

こうした心の歪みを抱える人は、

いつの時代にも存在する。

災難にあっても、幸福にあっても、

一言を軽んじるべきではない。

何かもを言う場合は、

目の前の相手だけではなく、

その場にいる人にも配慮し、

慎重に言葉を選ぶことだ。

口を慎むものは、

どんな時代が来ようと尊重され、

罰せられることもないだろう。

大きな問題やトラブルが起こると、

人は噂話に夢中になり、

気づかぬうちに敵を作る傾向がある。

といったお話でした。

噂話やゴシップは、

日常常生活の単調さや、

退屈さから抜け出す、

いわば娯楽としての要素を

含んでいます。

そのため話題の中心は、

当たり障りのないものではなく、

他人の秘密や弱点、悪口といった、

刺激的なものに偏りがちです。

それは憂さ晴らしとして

一時的な快楽を提供するかもしれませんが、

長期的に見れば、自分の人間性を貶めたり、

余計な恨みを買ったりする、危険行為と言えます。

現代でもソーシャルメディアを中心に

大企業や有名人の不祥スキャンダルなど、

様々な噂話や憶測が飛び交っていますが、

こうしたネット上に発信された言葉は、

記録として残るため、

ある意味では二言を許さない

武家社会のようでもあります。

また常朝は、大人だけではなく、

子供への言動についても、

充分注意する必要があるとし、

次のように述べています。

武士の子育ては、一般の家庭とは異なる、

特別な方法で行われる。

何よりも重視されるのは、

子供に自信と勇気を

身につけさせることだ。

そのためには、たとえ冗談であろうと、

我が子を脅したり、騙したりしてはならない。

そうした行為は、子供を臆病にし、

本人に一生の傷を与えてしまう。

また、幼い時に叱りすぎれば、

その子は内気な性質になるだろう。

一度染みついた性格は、

容易には直らないため、

充分注意することだ。

当時の武士階級は、

教育を母親に一任するのではなく、

父親が積極的に

関わることが一般的でした。

教育こそが子供を

武勇に優れた侍へと成長させ、

一族に永続的な名誉と繁栄をもたらす

基盤と考えられていたからです。

また彼らは、

親の言動が子供の人格形成に

大きな影響を与えることを

経験的に理解していました。

そのため子供を不容易に騙したり、

脅したり、叱りすぎたりすることを避け、

自己肯定感の健全な発達を妨げないよう、

細心の注意を払っていたのです。

こうした武士の教育方針。

特に次世代に自信と勇気を

与えることに重きを置く姿勢は、

現代社会における親子関係や

教育のあり方に、

新たな視点を提供してくれます。

このように葉隠には、

仕事・人間関係・教育など、

現代人にとっても

深く関わりのあるテーマが多く、

きっと、あなたの生き方にも、

様々な示唆を与えてくれると思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

危険な思想書、そんなイメージが強い葉隠ですが、

実際に読んでみると、

その内容は意外にも

敵を作らない立ち回り方や、

物の伝え方といった、危険を

避けるための知恵に溢れています。

そのため野心的で

志の高い人だけではなく、

穏やかで無難な生活を

望んでいる人にとっても、

魅力的な内容だと思いました。

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