こんにちは! せがひろです。
今回は、「なぜ、稼ぎたいと思うのか?」
それについて解説したいと思います。
先日、こんなニュースがありました。
『「いきなり!ステーキ」大量閉店も黒字化できず。客離れのピンチから脱け出せるか』
参照元:日刊SPA!
【概 略】
業績の急悪化で「いきなり!ステーキ」を130店舗閉店
全盛期だった2019年12月期の675億円
2022年12月期の売上高は147億円
2022年12月期は5億300万円の経常損失
なぜ、そんなことになったかの分析は
参照元の記事に詳しく書かれていますが、
一言で言ったら「もっと稼ぎたかった」
そういうことだと思います。
もっと社会貢献したかったのかもしれないし、
社員に給料をいっぱいあげたい、
あるいは、経営者の私利私欲かもしれません。
どんな理由であったにせよ、
「もっと稼ぎたかった」
そう言うことなんだと思います。
一般の人でしたら一生遊んで
暮らせるほどの収入があったら、
もう働くのをやめることを
考えるのではないでしょうか。
しかし、そうでも無い人もいます。
スポーツ選手なんかそうですよね。
メジャーの大谷翔平選手は
2022年に年俸が約40億円でしたよね。
それでも野球を続ける・・・。
どうも「もっと稼ぎたい」というより
他に目指すものがあるようです。
どの企業も売上目標を掲げますが、
結局のところ、
いくら稼げたかは結果であり、
他に譲れないような思想を
持っているようです。
よく、すぐれた経営者は
宗教を持っている
そう言われています。
夢じゃなくて、宗教ですよ!
それはなんでなんだろう?
そう思って考えて考えて、
本を読んだり、ネットで調べたりして
めちゃめちゃしっくりくる内容に
出くわしたのでシェアします。
目次
なぜ、夢(目標)じゃなくて宗教なのか?
学校時代、サラリーマン時代、
夢とか目標を聞かれますよね。
その夢(目標)に向かって計画を立て
達成を目指すわけです。
みなさんも経験があると思います。
しかし、目標を達成しようがしまいが、
ある時点での評価を行って、
更なる、夢(目標)を掲げる。
その繰り返しなわけです。
達成していなければ、
同じ夢(目標)に向けて分析結果から
課題を見つけて熟す感じです。
逆に達成してしまうと、
夢(目標)を見つめ直すところから
始めることになるわけです。
それって、何気に大変ですよねー。
一番叶えたいと思ったものを
最初に掲げたのに、
それと違う夢(目標)を
考えなければならないわけです。
そんなポンポン
出てくるわけがありません。
良くないのが
他人に公表する目標設定です。
学校での目標設定や
会社での目標設定ですね。
達成度合いで評価とか収入に
影響があるわけですから、
決められた期間に
達成できそうなものを掲げるように、
いつの間にかなってしまいます。
つまり、夢(目標)の先に
評価や収入という、
目ざとい目的が
できてしまうわけです。
要は、純粋な夢じゃ
なくなってしまうわけです。
もし、会社で個人目標を
達成しても、
業績が悪くて収入が
上がらなかったらどうでしょう。
だから純粋な夢といった
意味合いで、
宗教が必要になるというわけです。
松下幸之助が指摘する使命感
正しい方針を
確立するためには、
その背後に使命感という
ものが必要とされる。
経営を進めていくには使命感と、
それに基づいた方針というものが
極めて大切である。
松下幸之助は執拗なまでに
そう指摘しています。
・なぜ会社が存在するのか?
・どのような使命をもって存在しているのか?
それを前提にしての方針、
どのような考え方(基本理念)で
経営を進めていくのか?
何を具体的目標にするのか?
どこを理想として進もうとしているのか?
それを確立することを強調していました。
すぐれた経営者は、
みんな宗教を持っています。
それがどんなもの
なのかは置いておいて、
占い師の言うことを
信じる場合もあります。
「今後、こうなる!」
そう言った、
およそ科学的な根拠の乏しい
法則みたいなものを
信じることがあります。
だから、すぐれた経営者たちは
リスクを恐れずに
前に進むことができるし、
自分の明確な考え方を
持っているんです。
だって常に信じる者は救われるって
思ってるんですからね。
自分が何者で何をすべきで
何のために仕事をするのか
神の啓示みないなものが
明確だから、
モチベーションが
フル稼働するんですよ。
そう考えると、
宗教は成功するための
重要なキーコンテンツ
なのかもしれません。
理屈だけで
行動する人というのは、
チャンスを逃す
可能性も高いです。
確率論だけで考えて行動しないと何も変わらない
私は確率論について他でも
情報発信していますが、
確率論が数学だということに
疑問を持っています。
例えば、降水確率80%で
雨が降るか降らないか?
降っても、降らなくても
確率論的には正解です。
100%雨が降るといって
降らなかったら不正解ですが、
80%という時点で
降ろうが降るまいが、
どちらでも正解なわけです。
それって数学なの!?
そう思っちゃうんですよねー。
コイントスなんかでも
数学的には表裏の出る確率は、
50%なわけです。
誰でも知っていることです。
数学の問題であれば50%と
回答すれば正解です。
ですが、実際にコイントスした
結果はどうでしょう。
ほんとうは、
それを知りたいわけです。
なのに、数学の世界では
確率で表すところまでです。
実際に1回コイントスをして
出た結果で考えたら、
表か裏が100%で
出現するわけです。
2回以上続けたら、
徐々に数学的な確率に
収束していくでしょう。
でも、チャンスが
1回しかなかったら、
数学的な確率論なんて
参考にしていいのかすら
微妙なわけです。
論より証拠という諺が
あるように、
実際に確かめなければ
わからないわけです。
数学的にどちらが出ても
正解なのであれば、
何を信じて
実際にやるべきか!?
何を求めて行動を起こすかを考える
その時に重要になってくるのが
宗教的なものだということです。
「信じる者は救われる」
そこに着地するわけです。
それを非科学的だと
否定する人もいるでしょう。
しかし、1回しか
チャンスが無ければ、
どちらでも正解と
とれる確率を信じるより、
自分が信じているものに
縋っても変わらないわけです。
何度も何度も
チャレンジできるのであれば、
確率を信じるのも良いでしょう。
でも、1回しかチャンスが
無いのであれば、
別な何かに
すがるしかないわけです。
勿論、「やらない」
という選択肢もあるでしょう。
それで後悔しないのであれば、
それはそれで正解なわけです。
ギャンブルで負けない
方法を考えたら、
そもそも、やらなければ
絶対に負けません。
しかし、絶対に
勝つこともできません。
良いことがあるかもしれないし、
悪いこともあるかもしれない。
その状態で、
あなたはどうしますか?
その先に目指すものが
あるのであれば、
リスクを負ってでもやるでしょう。
目指すものがないのであれば
やる必要性も理由もありませんよね。
また、確率の信じ方にも
矛盾するところがあります。
都合の良い確率論を信仰する人たち
YouTubeで稼げるのか?
アフィリエイトで稼げるのか?
物販で稼げるのか?
そういった1つ1つに対して、
確率的に上手くいくかを
考える人が多いと思います。
確率論的にうまくいく確率が
低ければやらない・・・
でも、確率論を信じて
いるのでしたら変ですよねー。
もし、ビジネスの成功確率が
30%だとしたらどうでしょう?
3個のビジネスにチャレンジすれば
1個は成功するぐらいの確率です。
つまり、YouTube、アフィリエイト、
物販の全部をやってみれば、
1つは成功する確率とも
言えるわけです。
「木を見て森を見ず」
じゃないですけど、
ちっちゃな部分で捉えて
1つ1つの確率は意識しているのに
ビジネスとか稼ぐといった、
大きなくくりの確率については、
無視している人が
多いのではないでしょうか。
子供の頃を思い出してみてください。
学校の授業で色んな科目を学び
更に、音楽・図工もあれば体育もあります。
要するに確率論抜きで、
何に向いているか?
適しているか?
片っ端から
試しているようなものです。
それが大人になると
頭でっかちになり、
行動する前に
やるやらないを決めて、
何も手にしない、やらないことが
多くなっているわけです。
やってみなきゃわからないのに
やることさえしない・・・。
確率論を信じているのに
1個だけ試して判断している・・・。
そこを改めないと成功なんて
夢のまた夢です。
ゼロじゃなければ宗教を信じるしかない
すぐれた経営者は、
みんな宗教を持っています。
だから、すぐれた経営者たちは
リスクを恐れずに
前に進むことができるし、
自分の明確な考え方を
押し通す力を持っているんです。
だって、常に成功を
信じてるんですからね。
・自分が何者で
・何をすべきで
・何のために仕事をするのか
それが明確だから、
モチベーションがフル稼働するんです。
そう考えると宗教は、
成功するための重要な
キーコンテンツなのかもしれません。
みなさんも、稼ぎたいと思う
本質の本質を見つめ直してみてください。
この内容が参考になれば嬉しいです。
ビジネス的な確率論の考え方については
ブログも参考になります。
興味があったら、読んでみてください。