こんにちは! せがひろです。
今回は、「独学の地図」について、
解説したいと思います。
よく新しいことを始める時、
「環境を変えろ!」と言います。
これからのキャリアを考えた時、
何を学ぶべきなのか?
どういう場所で学べばいいのか?
このような悩みを持つ人は
数多くいます。
これだけビジネス環境の変化が起こり、
メディアが「これからは〇〇の時代」と
煽る時代に生きていれば、
「その内容を学ばないと」
「誰々の解説が分かりやすい」
そういった考えが頭の中を
支配していくのは当然です。
しかし、何をどこでの問よりも
はるかに重要な問があります。
それは「どう学ぶか」です。
同じことを学んでも、
その後の結果に大きな差が
出てくるのが現実です。
ある人は、何を学んだのかどうか
記憶にすら残っていないのに対して、
学びをキッカケに
新たな発見をして行動に移し、
人生を具体的に
変えていく人もいます。
高校や大学などの一コマの授業では
微々たる差であっても、
この差は積み重なっていけば
大きな差になります。
良い学び方は、
良い生き方に繋がっていきます。
「どう学ぶか」にに視点を当てた
私がおすすめの独学を7個紹介します。
ぜひ、最後まで読んでみてください。
自分で問を立てる
学びには、忘れてはならない
役割があります。
それは、あなたの内なる
疑問に答えるために学ぶ、
知りたいことがあるから
学ぶということです。
あなたが今何かを学んでいるとして、
その出発地点には答えを出したい
問があるか考えてみてください。
その問は、他者が定義
したものではなく、
あなたの内側から出たものかを
考えてみてください。
ここで自信を持ってYesと
言いきれないなら、
その学び方には、
まだ伸び代があります。
なぜ僕たちは問を忘れたり、
疎かにしてしまうのか?
夏休みの自由研究を
振り返ってみましょう。
自由研究という言葉を聞いて
ポジティブな印象を持つ人は、
それほど多くないでしょう。
今では、書店に行くと自由研究キット
のような簡易ツールが販売されています。
電気回路が分かる豆電球のセットや
液体と個体の違いが分かる実験セットなど、
バラエティに飛んだ、お手軽な
ツールの数々が陳列されています。
なぜ、このような簡易ツールが生まれ
てしまうのかというと、
問いを立てることに
慣れていないからです。
数ある宿題の中で自由研究が
異彩を放っていたのは、
自ら問を立てる点にあります。
最初に問いを立てなくては
先に進めない点で、
明らかに他の宿題と使う脳が
異なる種目です。
他者が立てた問いに
答えを出す構図は、
大人になっても
継続しています。
例えば、資格の勉強などは、
その典型ですが、
問いそのものを立てる権利は、
あなたにはないという意味で、
多くのビジネスパーソン向けの学びは
非自由研究型のものが圧倒的多数です。
しかし、問の設定権を奪われた
非自由研究型の学習は、
正直面白くないです。
「知りたい」という
好奇心が刺激されません。
私たちは与えられた問に対して賢く
答えを出すマシーンではないからです。
私たち以上に賢いAIがある今、
他者が立てた問いの答えを
素早く的確に出すことに
意味はないです。
そのようなことが頭にちらつき
問があらかじめ設定された
学習へのモチベーションは、
益々湧きにくくなっています。
他者に問を立てられている課題より、
あなたが知りたいと思うことを他者に
干渉されずに探求できるこいうことは、
何よりの
エンターテインメントになります。
独学を考えた時に大事になってくるのは
自由研究のように、
最初に自分で問を立てることです。
自ら問を立てることができれば、
探求欲求が刺激されて、
外からの強制力に関係なく
追求し始められます。
その経験があなたの人生にも
影響を与えていきます。
疑を持つ
独学において、良い問の条件は、
その問の答えを本気で知りたいかです。
それを満たすことができれば、
独学においては合格です。
それにビジネスや研究で立てる
問とは違っても問題ないです。
例えば、ビジネスや研究の場合だと、
その問いに答えることに
社会的な意義はあるか?
その問は世の中にとって新しいか?
その問に答えを出すことは可能か?
といった条件は、
最低限満たす必要があります。
しかし、独学の際に立てる問いは
疑問程度で問題ないです。
つまり、素朴に知りたいくらいが
スタートでいいんです。
独学という名の通り、
あなただけで学ぶため、
誰にも迷惑はかけないんです。
余計なことは考えず、
あなたが知りたいかどうかに
素直になってください。
すでに他の誰かが答えを
出したものであったとしても、
あなたの興味や関心を
反映したものであれば、
最初は何でもいいんです。
しかし、長らく問の主導権を
奪われていた状態で過ごしていれば、
自分には疑問がない。
疑問が何なのかわからない。
そう考える人もいます。
私たちの周りには常に目に見えない
疑問が浮かんでいます。
周囲に空気があることに
気づかないように、
疑問は意識しないと
捕まえることができないんです。
疑問を見つけるコツは、
図の真ん中に知っていることを置いて、
縦軸に対象と自分、横軸に過去と未来の
4証言を作ることで分かります。
対象×過去:なぜこうなったのか?
対象×未来:これからどうすべきか?
自分×過去:自分はどうしていたか?
自分×未来:自分はどうすべきか?
このように4つのゾーンを踏まえて
真ん中に知り得た知識を入れてみてください。
どんなに平凡な知識があっても、
その周りにはたくさんの
疑問がくっついています。
知り得た知識から
視線をずらしてみることで、
あなたにとって面白そうな疑問が
見つかる可能性は高まります。
今いる場を自由研究の場に変える
疑問が見つからないという
悩みの本質は、
疑問の見つけ方を伝えたところで
解消しない場合が多いです。
この問題の本質は、
どれだけ疑問を持とうとしても、
それを打ち消してしまうだけの課題が、
上からどんどん降ってきて
しまうことにあります。
要するに、みんな忙しすぎるため、
思うように手先を動かすことができず、
素朴な疑問はかき消されてしまいます。
そして、この状況で、
人生100年時代だ!
スキルアップだ!
などと大きな声で煽られれば、
疑問なんてそっちの気で、
これからの時代は、どの資格、
どのスクールがいいのかと、
学生時代に逆戻りしたような
疑問がない勉強モードに入ってしまいます。
この問題を解決するには、
今その場に降ってくる課題の中に、
あなたが知りたい
疑問がないかを探すことです。
つまり、やらなくては
ならないことの中に、
不思議に感じることを
探していくことです。
目の前に降り積もるやらなくては
ならないことを熟しているうちに、
不意に訪れる
怒りや驚きや悲しみといった、
強い感情の裏側に疑問は
落ちているかもしれないです。
そこで疑問を発見できれば、
私たちは仕事をしながら
自由研究的に
独学に励むことができます。
あなたが追いかけたい疑問は、
意外と目の前にあったりします。
忙しい日々の中で、疑問というのは
吹けば飛んでしまうか弱い存在です。
何かのタスクが降ってくれば
後回しにされて忘れしまう
不安定なものです。
だからこそ、私たちは疑問が
湧き上がってきたタイミングで、
何らかの手段を通じて形にして
見える化する必要があります。
手帳やスマホにメモをしたり、
書籍を買って本棚に置いておくのも、
有効な手段です。
多忙な状態を抜け出して
一息ついた時に
周りには追いかけたい疑問が、
数多く視野に入る環境を作ることも、
独学を追求していく上では
大切なことです。
他者の力を借りる
他者の存在が学びを
新たな次元に進化させてくれます。
まず他者に何かを伝えようとする時、
私たちは少なからず、
緊張感を覚えるはずです。
その緊張感があなたの学びに
磨きをかけることになります。
他者を意識するからこそ、
私たちの学びの内容は、
高度に編集されて
結晶化されていきます。
そしてアウトプットに対する
他者からの質問も、
大きな学びの材料です。
そして他者が関わることには、
必ずスケジュールが設定されます。
あと20分という
極端なものもあれば、、
来週10時からという
時間軸のものもあります。
一旦、スケジュールが
設定されると、
私たちの頭は、
その残り時間を逆算して、
その時間内で掴み取れるギリギリの
学びを得ようと働き始めます。
残り1週週間だったら、
1週間なりの学びの総量を意識して、
そこに最適化した
学びの獲得作業に入るわけです。
裏を返せば、スケジュールが
設定されていないということは、
学びの総量が定まらないため、
あれもこれもと散漫に
なってしまう可能性があります。
他者が介在することで、
スケジュールが設定されるからこそ、
その逆算で、
学びの総量が定義されます。
だからこそ、その総量を踏まえた
メリハリのある学びを獲得するという、
思考スタイルになります。
「学びたいけど時間がない」
という人がいます。
しかし、どれだけ短い時間であっても
他者へアウトプットする機会さえ、
設定すれば、学ばざるを得ない
環境にすることができます。
他者を巻き込むからこそ、
あなたの実力を超えた
継続力を発揮できます。
他者を巻き込む場を設定することに
怖さを覚える人もいると思います。
他者に話せるレベルではない。
他者に教えられることは何もない。
という言葉が出てきて
しまうかもしれません。
しかし、そこは認識を変えて
理解したから、
他者に語るのではなく、
他者に語るからこそ理解できます。
語る内容が浅くても、
完成されていなくてもいいんです。
自分の中に他者を飼う
考えを深めるために必要なものに、
自己批判があります。
考えが深まるというのは、
自己批判を重ねるということと同じです。
裏を返せば考えが浅いというのは、
自己批判が充分に
できていないための結果です。
例えば、仕事の効率を上げるために
早起きすることが重要だという、
意見があるとします。
これに対して早起きすれば
いいのは分かっているけど、
起きられない場合は、どうするのか?
という対論を自ら挟んでみます。
そうすると早起きをするために
早く寝るべきという意見に到達できます。
しかし、これに対しても夜には
約束が入っている関係で、
寝る時間をコントロールできない場合は、
どうするかという対論が可能です。
夜の約束は遅くても21時には
切り上げるというルールを
同時にセットするという
意見になるかもしれません。
このように初めに出した意見から
対論を挟むことで、
徐々に実践的で具体的な
意見に変化していきます。
Aに対してBという対論から、
Cという意見。
そのCに対して対論Dを挟んで
Eという意見というように、
自己批判を通じて、どこまでも
掘り下げることが可能です。
常にあなたの考えはまだ
深めることができるという、
意識を持ち批判的に向き合う
ことによって実現します。
自己批判は自分の中に他者を
飼うことで鍛えることができます。
あなたが師と仰ぐ人、
ちょっと変わった意見を言う人など、
あなたにない視点を持つ人の発言を
ストックしておくといいです。
そして自己批判の際、
あの人だったら何と言うだろうか?
問いを向けて、その発言を記憶の中から
引っ張り出していきましょう。
そこで登場する他者は、
あなたとの関係が
遠ければ遠いほどいいです。
自分の中から異論を生み出すためには、
日常的に接している人ではなく、
ちょっと縁が遠いくらいの
関係が意味を持ちます。
自分の中を覗いても、
自分しかいないという
状態であれば、
自己批判をすることは
ほぼ無理です。
日頃からあなたとは異なる
視点や知見を持つ人を
内部に積極的に取り込んでおく
努力が必要です。
意味不明に向き合う
何か問いを出されれば、
すぐに答えを出す方が優秀、
答えは白黒明解な方がベターなど、
このような価値観は存在するし、
それが正しいこともあります。
しかし、忘れてはならないことは、
学びは後から少しずつ
気づくケースが多いということです。
その瞬間は何が学びだったか
分からないものでも時を経て、
あれはそういうことだったのかと
気づいた経験は
少なからずあるはずです。
また、その時に持っていた感情が
学びを阻害することもあります。
その瞬間にパッと学べることは実は、
それほど多くないかもしれないです。
それにも関わらず、すぐに明解な学びを
導き出さなくてはと焦ってしまうと、
何も学べなかったと考えて
意味のなかった経験というタグ付けをして、
その経験をなかったことに
してしまいかねないです。
それはあまりにも
もったいないことです。
だからこそ、時間差で発生する
学びを迎え入れるために、
まだ意味が分からない状態のまま
記憶に留め続けることが必要です。
つまり、保留しておくことが必要です。
保留できるようになる方法は、
複雑で意味不明なコンテンツに
向き合うことです。
分かりやすさへの欲求から目を背け、
あえて複雑で難解なコンテンツに
身を投じる時間を作ってみてください。
今の時代に最適化
されていない古典文学、
やわざと難しい言葉を使って
いるのではないかと感じる哲学書、
何を書いているのかわからない
抽象絵画など、
それらの意味不明さに向き合い
すぐに答えをを求めないで、
解説などを見ることもなく
あなたの内側に抱えてみることです。
恐らく時を経て、
予想もつかなかったタイミングで
答えに巡り合うことになります。
その長い時間をかけて掴む
学びの経験が保留する力を作ります。
例えば、長らく目指していた企業に
就職することができなかった時、
受験に合格できなかった時など、
失意のタイミングに自分の人生はダメ
だったと総括するのは、
あまりにも答えを早く出しすぎです。
そういう時こそ、答えをしばらく
抱えておくことです。
そしてやがてふとした瞬間に
その辛い経験に
意味を見い出すことができれば、
それは他では得られないほどの
大きな学びに転換していきます。
心動かされる表現を模倣する
誰もが自分の内面に
モヤモヤした状態の感情や
考えなどを抱えているはずです。
しかし、それをうまく表現する
術がないために、
他者と心の底からの
意思疎通ができないです。
それがゆえに不安や不満を
抱えている人も多いです。
あなたが考えていることを
適切に表現できれば、
他者からもいいフィードバックを
貰うことができます。
しかし、どれだけ内面で深く
考えていたとしても、
それを表に出すことができなければ
学びに繋がるようなリアクションを
期待できないです。
例えば、あなたはどんな仕事が
やりたいのかという問があった時に、
凄い仕事をしたいという程度の表現しか
アウトプットとして出せなければ、
どん詰まりになる可能性があります。
表現が荒すぎて
手がかりが少なく、
対話する気を失わせる
可能性があるからです。
そこにレオナルド・ダ・ヴィンチのように
複数領域にまたがって、
成果を上げるくらいの凄い仕事をしたい
といった表現が加わったとたら、
少しだけ対話が
深まるかもしれないです。
最初にどれくらいの言葉を
添えることができるかによって、
私たちの思考の深まり方は
変わっていきます。
表現を鍛えるには、
他者の優れた表現を徹底的に
ストックすることをお勧めします。
ちなみに、本を読む、
文章を読むというのは
知識と同時に言葉・単語を
覚える手段として、
とても有効な方法なんです。
もしあなたにお気に入りの
書き手(論破王とか)がいるならば、
その人がどんな表現をしているのか
しっかりと記録してみてください。
テキストベースで残っているなら、
その表現をを書き残してください。
そしてもう1つ大事なことは、
ストックした表現を使ってみることです。
気に入った表現を引用する。
もしくはちょっとアレンジして
使ってみることにより、
徐々にあなたの内面の感情と表現を
繋ぐ線が太くなっていきます。
この感情と表現を繋ぐ太い線の数が
増えれば増えるほど、
自由な表現が可能になって
自分ならではの、
ユニークな表現も可能になります。
まとめ
学びというのは非日常的な空間で
義務的にやる苦しい作業ではなく、
生きている限り日々そこにある
日常的な営みです。
その営みを継続していくためには
トレーニングが不可欠です。
学びが、「効率」「効果」「必然性」
最短距離といったキーワードと
セットで語られるようになった結果、
忘れがちなことでもあります。
しかし、効率的な学びだけが
全ではないです。
いくつになっても、
どんな立場であっても、
学びの楽しさを
見出すことができます。
私も、個人でビジネスを始めてから、
マイペースでやっています。
それが、誰かと関わって仕事をした瞬間、
「遅い!」って感じたり、
約束を取り付けることで、
逆算して仕事や予定を調整する
感覚を感じることがあるんです。
それがいい刺激だと
感じることもあります。
自由な時間が多いのは
喜ばしいですが、
無駄にしてやしないかと
思うこともあるんです。
そんな時に、この本と出会い、
多くのことを学びました。
あなたも、今学んでいることは何か?
この機会に深く考えてみてください。
今回紹介した独学法を試してみて、
あなたなりのいい生き方を
探ってみてはどうでしょう。
きっと、新しい発見があると思います。
この内容が参考になれば嬉しいです。